蔵が一気に
活気を帯びる

酒造り

日本酒 職人 田中克典「酒ができるまで」

白糸酒造の酒造りと ハネ木搾り

十月中旬から、八代目を筆頭に、若き蔵人たちが伝統技法に新しい感覚を加え酒造りが始まる。

「洗米(せんまい)」

精米済みの酒米十キロを洗米機に投入。水圧を利用して糠とゴミを素早く洗い落とし、タンパク質や脂肪分を除去する。冬場の厳しい水仕事にも緊張が走る。

精米した米を洗米機に投入する。

洗米は時間との勝負。秒単位で計測。

洗米を終えた米は袋に移し、冷水で再び入念に洗う。

「浸漬(しんせき)」

洗米した米を水に漬け、水分値を一定にする工程。気温や水温、米の種類や精米歩合などにより、ストップウォッチによる秒単位の調整が必要。水の吸わせ方によって蒸米の仕上がりを大きく左右するため、“第二の精米”ともいわれる。数字だけではなく、米粒の心白を肉眼で確認する。

およそ2分30秒を目安に水に漬けた袋を引き上げる。

中央の芯白(目ん玉と呼ぶ)が白から透明になってきたら、引き上げる。

素早く袋を吊るして水を切る。迅速な身のこなし。

蔵の天井に向かい、
白い湯気が甑から立ち上る様は、神々しい。
酒造りへの期待が高まる瞬間だ。

「蒸す」

浸漬を終えた米は、巨大な甑で翌朝、一時間ほど蒸す。外は硬く内は軟らかい「外硬内軟」の仕上がりが理想。炊かずに蒸すのは、麹の酵素が米のデンプン質を分解しやすくするためだ。放冷機で約38度に冷ました後、麹、酒母、醪を作る工程で活用。

酒米の香りや湯気の上がり具合で、蒸し加減を確認。甑に入れる米量は500〜600キログラム。

甑に入り、蒸米を放冷機に移す。蒸米を食べてみて仕上がりを判断する。

甑の中の蔵人は専用の大下駄を履き、スコップで蒸米を掬う。湯気の熱気と力仕事で冬場でも汗が吹き出る。

放冷機であら熱をとった蒸米は布に包まれ、工程に応じて麹室、仕込みタンク、酒母を作る酛場などへ運ばれる。

製麹室

酒造りの要である製麹室は、
酒蔵で最も神聖な場。
蒸米は一粒たりとも無駄にせず生かしきる。

「麹造り(こうじつくり)」

麹造りは、室温約30度、湿度60%以下に管理調整された室で行なわれる。蒸米にカビの一種の麹菌を散布したら、蒸米の塊をほぐしながら、高温多湿の室で二昼夜かけて菌を繁殖させる。
室に入るのは熟練した蔵人のみ。
雑菌がつかないように全身を念入りに浄め、淡々と作業する。

薄く広げた蒸米に、種もやしと呼ばれる麹菌を米の一粒一粒にいきわたるように振りかける。

蒸米の塊をほぐしながら、また振りかけ、ほぐす。均一に散布し終えたら、布で覆って保温。麹菌の繁殖が進むにつれ、温度や湿度に差異が生じるので再びほぐして包む。二昼夜に及ぶ作業。

翌日、再び、麹の状態に応じて蒸米をほぐす。いろんな場所を検温しながら均一化をはかる。「麹をいじめるように力を込めます」と克典さん。

麹菌が繁殖した蒸米は、麹箱に小分けに移され、さらにまんべんなくかき混ぜる。

米の手触りや香り、甘みなどを確認した上で布に包み、麹室の外へ。「出麹」とよぶ。

麹室のすぐ隣の麹棚へ運ぶ。

手早く棚に広げ、畝を作り熱を冷ます。

酒母庫

微生物の働きを温度や泡の状態を頼りに、
蔵人が手助けする世界でも
類を見ない発酵の世界。

「酒母造り(しゅぼつくり)」

酒のもとになるアルコール発酵を促す酵母を大量に作るので「酛造り」ともいう。 桶の中に麹と冷たい水を入れ、水酛を作り、そこに乳酸と酵母を入れ、櫂で撹拌する。その後、酵母の栄養として適温に冷やした蒸し米を投入。再び撹拌して仕込みを終える。約一週間後に氷水を入れて急冷し、発酵が進んだら酒母(もと)が完成。酒の母という名の通り、タンクの発酵を促す「エンジンの役割」を果たす。

乳酸を加えることで酸性にして雑菌を防ぐ酛造りを「速醸酒」という。

適温に冷やした蒸し米を入れる。

「仕込み(しこみ)」

醪造りともいう。仕込みタンクに酒母を移し、麹、蒸米、水を混ぜ合わせる。三回に分ける三段仕込み(初添、仲添、留添)によって、麹の消化酵素が米のデンプン質を糖化し、酵母菌がそれを食べることによるアルコール発酵が進む。これを並行複発酵という。三度に分けるのは発酵環境を安定させるため。発酵具合のデータを取りながら二十日間ほど寝かせると、二十度を越えるアルコールが生成される。

日々刻々と変わる醪の泡立ちの様子を観察する八代目。温度管理とタンクの内側の掃除などを徹底しつつ、微生物の成長を見守る。

造りの舞台は、仕込みタンクへ。
芳醇な香りに充たされる蔵の中で
人事を尽くして、天命を待つ。

「初添」「仲添」「留添」と三回に分けて酒母、蒸米、水を投入する三段仕込み。櫂棒で撹拌する際も発酵状況によって強さを調整する。温度調整のため、重たい氷をかつぎ、何度もはしごを上る蔵人ならではの機敏な動き。

「分析(ぶんせき)」

毎朝定時にすべてのタンクから発酵中の醪を採取し、アルコール度や日本酒度、総酸、アミノ酸などの数値を計測し、グラフ化。品質安定はもちろん、トラブルの原因も一目瞭然。醸造学で学んだことを基本に蔵の特性を加味して総合的に判断する。これまで頼ってきた杜氏の勘を数値化し、共有化をはかる。

全国唯一のハネ木搾りを継承する蔵人の
真剣な仕事が珠玉の酒を醸す。
もの創りの喜びが宿る。

「搾り(しぼり)」

タンクの醪を搾り、液体の酒と固形の酒糟に分離することを上糟という。安政期から続くハネ木搾りを今も続けているのは、全国でも唯一。ボタン一つで搾る自動圧搾機や遠心分離機に比べ、テコの原理でゆっくりと重しをかけるハネ木は、優しく圧をかけるため、雑味が出にくく上品な酒質になるのが特徴だ。

初搾りの日、「さて、どんなお酒でしょう!」と顔をほころばせる八代目。

上糟は、タンクからホースを通じて運ばれる醪を酒袋に受けとめたら、ていねいにに並べる作業。三人一組で協調性をもってリズムよく行なわれる。味わいを均一に保つため、途中でタンクの醪を櫂入れするのも忘れない。

槽の九分目まできたら、継ぎ枠を設置。さらに醪が入った酒袋を重ねる。袋を入れ終えたら槽に蓋をかぶせ、押さえ木を積み重ねてハネ木の根元にかませ、二日間かけて搾る。

あうんの呼吸で石をかけていく蔵人達。
舞台役者のように互いの役割を
理解し、淀みがない。

約8メートルのハネ木(樫材)の先端に一個40キロから100キロ近い重石を最大14個まで吊るす。約1.2トンの力で槽に圧をかけ、テコの原理で搾る。昔ながらの上糟方法は、重労働で蔵人の負担は大きいが、ハネ木搾りだからこその味を継承するために力を合わせる。

生酒の完成

槽の下部にある槽口から滴る、待望の生酒(粗走り)を蔵の神棚に備え、蔵人全員で感謝を捧げる。

「田中六五」
田中克典の山田錦精米歩合65%の純米酒。山田錦の田んぼに囲まれた蔵で、丹精込めて造った酒。白ごはんのように日本人に愛され続けるそんなスタンダードな酒を醸していきたい。
※「田中六五」2009年初造り。2013、14年、福岡国税局酒類鑑評会金賞受賞。

清潔第一をモットーとする酒造りは、洗い仕事の連続である。
一工程ごとの掃除は、次の工程へと繋がり、やがて良質な酒を生む。
絶え間なく繰り返される熱湯での洗い仕事も、酒造りの大切な工程。

「一麹、二酛、三造り」
酒造りに嵌る
男たちの心意気。

田中克典(たなか・かつのり)略歴

昭和59年(1984) 福岡県糸島郡(現・糸島市)に生まれる
平成14年(2002) 福岡舞鶴高校 卒業
平成18年(2006) 東京農業大学 醸造科学科を卒業
平成19年(2007) 独立行政法人 酒類総合研究所に研究生として入所
平成20年(2008) 佐賀・五町田酒造の勝木慶一郎氏に師事
平成21年(2009) 実家に戻り、白糸酒造8代目を継承
         「田中六五」の初仕込み
平成27年(2015) 「田中六五」6造り目を終え、現在に至る