曲物づくりの
道具

博多曲物 柴田玉樹 「道具」

手と目を信じ、 手間を惜しまず

 曲物は古くから日本中で広くつくられてきた。それは、つくりやすかったからでもある。木目の美しい木を伐り、それを割って薄い板をつくり、曲げ、樹皮でつなぎ合わせるだけ。塗装もしない曲物は、姿かたち同様、工程もごく単純だった。使う道具も、古くは鉈(なた)、せん(細長い片刃の両端に木製の柄がついていて、それを両手で持ち、手前に引いて材の表面を削る)、縫錐(ぬいぎり)(目通し)の三つが基本だった。

室町時代に入ると、小さな細工ができる横挽き鋸(よこびきのこ)が普及し、近世の初めには薄板の表面を整える台鉋(だいがんな)が一般化した。また、大鋸(おが)や手斧、槍鉋(やりがんな)なども使われた。

現在は、それらの作業をグラインダーやカッターなどの機械がこなすため、曲物づくりの道具は意外なほど少ないが、それらの道具のほとんどは、職人自身がつくる。また、そこには絶えず、日々の作業から得たアイデアや工夫が盛り込まれる。

例えば、曲物づくりの要ともいえる側板の曲げ作業で使う巻木には、不要になった消防ホースの生地が使われている。先代までは綿布を使っていたが、適度に水分を吸収し、板を冷やさないで巻けることに気づいて変えたのだという。その巻木の木地は、いつから使われているかわからないほど古い。そんな道具が工房のあちこちで現役なのも、十八代続く家業ならではのことだろう。

弁当箱の底板の型。

小振りの曲物づくりに活躍する木製ピンチ。

柔らかくした側板を曲げるための「巻木」。大小の木地に消防ホースの生地をつけたもの。

曲げた側板を仮止めする木挟と止め具。先々代のころから使っているものもある。

1:小刀。桜の皮を切るなど、手作業の必需品。
2:縫錐。やすりをグラインダーで削り、樫の柄をつけて自作した。目通しともいう。
3:愛用の博多鋏。10年以上使っているが切れ味は変わらない。
4:縫錐。使うものによって幅が微妙に違う。これも自作したもの。

側板を煮る湯槽と押さえ具。煮る時間は厚さによって加減する。溶け出たアクが戻らないように板を動かし続ける作業は、見た目より力を要する。

合わせ目を綴じるための桜の皮。秋田から取り寄せた桜の樹皮を1〜2ヵ月ほど水に浸け、水分を含んで柔らかくなった鬼皮の両面を、なめらかになるまで繰り返し削いでいく。つくるものに合わせて細く切って使う。

曲物用の物差し。「七寸飯櫃 胴高サ五寸二分 蓋帯一寸一分 厚ミ一分三厘 3.9m/m」など、つくるものごとに寸法が細かく記されている。寸や分が現役の世界だが、いまはmmやcmも使う。

柴田玉樹(しばた・たまき)略歴

昭和36年(1961) 福岡市東区馬出に生まれる
昭和56年(1981) 筑紫女学園短期大学卒業
昭和58年(1983) 本格的に曲物づくりの修業を始める
平成 7年(1995) 17代柴田玉樹(父)の死去に伴い、家業を継ぐ
平成19年(2007) 18代柴田玉樹を襲名
東京、京都、福岡など各地で伝統工芸展等に出品を重ねるほか、
「『博多町家』ふるさと館」で毎週月曜日、実演を行っている。
博多伝統手職人連盟会員、民芸協会会員